音響学の古典的な法則(というより学説)の一つに、「オームの音響法則」というものがあります。 これは、「人間の聴知覚は、複合音を構成する個々の倍音成分の周波数と振幅には敏感だが、位相(Phase)の違いには鈍感である」というものです。
つまり、ある音がどのような周波数成分で構成されているか(振幅スペクトル)が同じであれば、それぞれの成分がどのようなタイミングで重なり合っているか(位相スペクトル)が違っても、人間にはほぼ同じ音に聴こえるだろう、ということです。
ですが、実際には「人間の聴知覚は位相に対して全く鈍感なわけではない」ということを示す研究が 20 世紀後半くらいから報告されているようです。 振幅スペクトルの方が位相スペクトルよりも人間の聴知覚に対して大きな影響を持っていることは確かだと思いますが、位相スペクトルの情報も特定の音(音声、インパルスなど)では聴知覚への影響を無視できないようです。
この辺の詳しい話については今後の記事に譲るとして、この記事では、Web Audio API を用いたシンプルな実験ツールを用意し、実際に自分の耳で「オームの音響法則」を検証してみたいと思います。
実験の目的:オームの音響法則の検証
この実験では、振幅スペクトル(各倍音の強さ)を一定に保ったまま、位相スペクトル(各倍音のタイミング)だけを変化させたときに、音色の違いが知覚できるかを検証します。
具体的には、最大5つの倍音を構成するシンプルな複合音を生成し、位相スペクトルを変化させながら、音色の違いを聴取してみます。
実験の概要
以下の実験ツールでは、振幅スペクトルが同じ2 つの音を生成します。 倍音の構成や、使用する倍音の数を自由に変更して実験できます。
- 条件 1: 位相ゼロ (揃った状態)
- すべての倍音成分の位相が揃っている(0 度)。
- 波形はピークが高く、パルス状になりやすい傾向がある。
- 条件 2: カスタム位相 (バラバラ)
- 各倍音成分の位相をスライダーで自由に調整できる。
- 位相をランダムにしたり、特定の設定にすることで、波形の形状がどのように変化するかを視覚的に確認できる。
仮説
条件1と条件2の位相の違いによる音色の差はほとんど感じられないはず。
実験ツール
以下のツールで実際に音を聴き比べてみてください。 スライダーを動かして波形が変化する様子を観察しながら、音の違いを確認できます。
注意事項
- 高音域だと不快に感じる可能性があるので、注意してください。
- 見やすさのために、基本周波数を変えても波形表示は変わらず2波長分を表示しています。実際には基本周波数を変えると波長が変わっているのでその点ご了承ください。
- 振幅スペクトル位相スペクトルも設定値の値を表示させているだけなので、実際の時間変化は出していません。なので厳密にはスペクトルではないですが、実験としてはこちらの方が分かりやすいのでこのように表示しています。
- 選べる波形としては「ノコギリ波 (1/k整数倍音)」「矩形波 (1/k奇数倍音)」「フラット (整数倍音)」を用意しています。ただ倍音数の上限を5つまでに設定しているので、厳密にはノコギリ波でも矩形波でもないのですが、わかりやすさのためにこの名称を使っています。
位相スペクトルと知覚の簡易実験
条件1: 位相ゼロ (揃った状態)
すべての倍音の位相が0度で揃っています。
条件2: カスタム位相 (バラバラ)
上のスライダーで設定した位相になります。
結果
実際に実験してみていかがでしたでしょうか?
倍音数を5にして100Hzの基本周波数で実験してみると、本記事の執筆者や周りの仲間達はわずかに違いを感じ取ることができました。若干ピッチが異なるような印象があります。しかし、それ以外の場合は波形や基本周波数や倍音数を変更しても、ほとんど違いを感じ取ることができませんでした。基本周波数が低いかつ倍音成分が多いと位相スペクトルによる知覚の違いがありそうですが、この実験だけでは(学術的には)まだ確かなことは言えないかもしれません。皆さんはどう感じたでしょうか?
今回の実験のようなシンプルな複合音かつ持続的な音の場合は、ある程度「オームの音響法則」は成立すると言えるかも知れません。が、今回わずかな違いが感じられた部分については今後更なる検証を課題としたいと思います。本記事ではまだ深い考察まで至れず恐縮です。また、関連研究のリサーチや実験は今後の課題といたします。
ここまでお読みいただいてありがとうございました。また今度!